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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)3513号 判決

原告

内田昭三

被告

竹内善雄

ほか一名

主文

被告らは連帯して原告に対し金二一五万七四五五円およびうち金二〇〇万二四五五円に対する昭和四五年四月一九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、主文第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは連帯して原告に対し金四〇四万〇七〇四円およびこれに対する昭和四五年四月一九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決および原告勝訴の場合担保を条件とする仮執行逸脱の宣言を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四三年二月四日午後八時二〇分頃

(二)  発生地 東京都江戸川区江戸川五丁目一番地先

(三)  加害車 普通乗用自動車(足立五ほ三〇一号)

運転者 被告竹内善衛

(四)  被害車 普通乗用自動車(足立五え五八三四号)

運転者 原告

(五)  態様 乗客を降車させるべく左側端に停車中の被害車に加害車が追突した。

(六)  原告は、本件事故によりむち打ち損傷および左外傷性膝関節の傷害を受け、そのような治療を余儀なくされた。

(入院) 昭四三・二・五―四三・三・二六 高山整形外科

昭四四・七・二九―四四・一〇・二四 慈恵医大青戸分院

(通院) 昭四三・三・二七―四三・一〇・一 高山整形外科

昭四三・八・一六―四四・四・一七 鈴木神経科

昭四四・三・二四―四四・七・一八 慈恵医大青戸分院

昭四四・一〇・二五―四四・三・一三 右同

昭四三・一〇・初―四四・七・二七 鈴木指圧治療院

(七)  原告は、右の如き治療によるも、神経系統の機能に障害を残し、且つ肝臓に機能に障害を残しており、軽易な労務以外の労務に服することができない状態にあり、これは自賠法施行令別表の第一一級に該当する。

二  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告善雄は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告善衛は、前方注視義務違反をしたまま運転を継続した過失を犯し、そのため本件事故を惹起させたものであるから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

三  (損害)

(一)  治療費

原告は、既払の治療費のほかに、金三八万六七二二円の治療費の支出を余儀なくなされている。

(二)  休業損害

原告は、タクシー運転手であつたが、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ金二一二万九〇二四円の損害を蒙つた。

(休業期間) 昭和四三年二月五日から昭和四五年三月一三日まで

(事故時の月収) 月金七万二一一六円、ただしこの他、昭和四三、四四年の賞与分として金二九万五八八二円

(三)  逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は金六七万二八五二円と算定される。

(事故時) 四一歳

(労働能力喪失の存すべき期間) 四年

(収益) 金一〇一万三三三三円

(労働能力喪失率) 二〇%

(年五分の中間利息控除) ホフマン単式計算による。

(四)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み金二一七万一〇〇〇円が相当である。

(五)  損害の填補

原告は被告らから損害の内払として既に金一六七万三八九四円の支払いを受け、これをその損害に充当した。

(六)  弁護士費用

以上により、原告は金三六八万五七〇四円を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で、金五万五〇〇〇円を手数料として支払つたほか、成功報酬として金三〇万円を第一審判決言渡後に支払うことを約した。

四  (結論)

よつて、被告らに対し、原告は金四〇四万〇七〇四円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年四月一九日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告らの請求原因に対する認否

第一項の(一)ないし(五)の事実は認める。(六)の事実中、傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。(七)の事実は不知。原告は本件受傷による治療中の昭和四四年五月末頃から慢性肝炎に罹患し、その治療のため昭和四四年七月二九日から同年一〇月二四日まで慈恵医大青戸分院に入院したもので、慢性肝炎は本件事故と相当因果関係にないから、右青戸分院入院以降の分は本件事故と因果関係にない。また、原告の後遺症のなかには右慢性肝炎に基づくものも含まれているから、これを省き、本件事故と相当因果関係にあるのは一二級程度である。

第二項の事実は認める。

第三項の事実は不知。ただし、(五)の事実は認める。なお、休業損害、逸失利益の算定にあたつては、基礎となる給与から税金、社会保険料を控除して計算すべきであり、また前記したような事情により、休業期間は昭和四四年七月二八日までとするのが相当であるし、逸失利益の算定にあたつても一二級を前提とすべきである。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  (事故の発生および責任の帰属)

原告主張の請求原因第一項(一)ないし(五)の事実および本件事故により原告が受傷した事実ならびに同第二項の事実は当事者間に争いがない。

これによると、本件事故により原告が蒙つた損害について、被告善雄は自賠法三条により、被告善衛は民法七〇九条により、それぞれ賠償の責を負わなければならない。

二  (損害)

(一)  (原告の傷害の部位・程度)

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1  原告は本件事故により頸椎捻挫(むちうち損傷)、左外傷性膝関節炎の損害を受け、高山整形外科病院へ昭和四三年二月五日入院して治療を受けるようになつて以降、次のとおり、昭和四五年三月一三日までその治療を受けた。

(1) 昭和四三年二月五日~同四三年三月二六日

高山整形外科病院入院

(2) 昭和四三年三月二七日~昭和四三年一〇月一日

同病院通院(少なくとも二日に一回以上通院)

(3) 昭和四三年八月六日~昭和四四年四月一七日

鈴木神経科(通院四回)

(4) 昭和四四年三月二四日~昭和四五年三月一三日

東京慈恵会医科大学付属病院青戸分院(通院四四回)

(5) 昭和四三年一〇月初~昭和四四年七月二七日

鈴木指圧治療院(通院六四回以上)

(6) なお、原告は昭和四四年五月下旬頃から全身倦怠感や食欲不振があらわれ、慈恵青戸分院の内科で受診の結果慢性肝炎の治療をしたが、その間にも整形外科におけるむちうち損傷の治療も併せて受け、その回数も六三回にもなつた。

2  原告は、鈴木神経科で検査を受けたところ脳波も異常であり、その当時も同人は、頭痛、肩こり、不眠、記銘障害を訴えていた。

3  原告は、慈恵青戸分院での診療を受けるようになつた当時も頭痛、頸、肩、腕痛、流涙、不眠、上肢振せん等を訴え、同病院での加療によるも、その病状は一進一退をくり返えし、昭和四五年三月一三日同病院で症状固定したものと診断された。

4  右最終診断時においても、原告には、頸・肩・腕痛、不眠、上肢振せん、頭痛、流涙等の自律神経障害が強く残り、右病院において原職復帰は不能な状態であり、その神経症状は自賠法施行令二条等級の一二級程度より重いものと診断された。

5  原告は、右症状固定後も右病院に通院して治療を受け、この分は国民健康保険を使用したが、同人は昭和四七年四月当時でも右後頭部か肩にかけての強い痛みを訴え、体力を要するような職種に就くことができないでいる。以上の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、原告は右認定のようにむちうち損傷の治療中に慢性肝炎を併発し、その治療のため入院をしているが、この慢性肝炎が本件事故と相当因果関係のあるものと認められるか否か問題である。たしかに、本件においても、本件事故に遭遇しなくても原告に右慢性肝炎が発病する蓋然性が高いことを認めることの証拠はないから、事故による受傷によつて体力を消耗し、あるいは精神的に困ぱいし、それを原因とし、あるいはそれを誘因として、肝炎の発病があつた可能性もないではない。したがつて、原告の慢性肝炎罹炎が一概に本件事故と相当因果関係のないものと簡単にはいいきれないが、本件にあつては、本件原告に対する治療行為に際しての輸血とか、多量ないし高度の投薬等一般に肝炎の原因となると考えられている事情を認めることのできる証拠はなく、その他右発病の原因ないし誘引となつたような本件事故後の事故と相当因果関係にある事情についてもこれを認めることのできる証拠もないから、右慢性肝炎は本件事故と相当因果関係にないものと判断するのが相当である。

以上の認定によると、原告の本件事故により受けた傷害は昭和四五年三月一三日以降は、心理的療法と、そして何よりも原告本人の社会復帰への意欲、社会生活への訓化により、その労働能力回復が期待できることが認められ、かつ、右認定の傷害部位、治療経過、その間の症状および現存症状、そして後記認定するような原告の職業、年令等に鑑みると、原告は前記時点で自賠法施行令二条別表一二級一二号に該当する後遺症状を有するに至つたものの、その労働能力喪失の割合は、原告が慢性肝炎で入院するようになつた日の前日の昭和四四年七月二八日までは一〇〇%、肝炎のための入院期間中は〇%(前記したように肝炎は本件事故と相当因果関係にないから、これを原因とする入院期間中の休業は本件事故と相当因果関係がないというべきである。ただし、前認定のとおり、右期間中も本件事故による受傷部分の治療も併せて行なつている事情があるので、この期間も慰藉料算定にあたつては斟酌する。)、退院後の昭和四四年一〇月二五日から前記時点までは六〇%、前記時点から以降については二〇%とみるのが妥当であり、右二〇%の喪失状態は右時点より四年間は継続するとみるのが相当である。この点、労働基準局長通達の労働能力喪失率表によると、一二級の後遺障害者の喪失率が一四%とされていることは当裁判所に顕著であるが、右喪失率は多数の事件を早期に解決するための基準にすぎず、個々の具体的例にそれを機械的にあてはめるのは相当でないのであつて、個々の労働能力喪失割合は個々の被害者の職種、年令、症状等を総合して判断すべきである。そして、本件にあつては、前記した如く、原告は原職(後記するように、タクシー運転手)復帰が不可能な程度の後遺症が残り、しかもそれは通常一二級に該当すると判断されるものよりは重い(しかし、九級に該当すると判断されるものよりは軽い)程度のものというのであるから、原告の場合には、右のように判断するのが相当である。

そして、仮りに右認定の部分を超える喪失状態があるとしても、これは本件事故と相当因果関係にあるものとは認められない。

(二)  (治療費残)

別紙損害計算書摘示の各証拠によれば、原告が同書1記載の各治療費の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。そして、この支出分は本件事故と相当因果関係にある損害と認められる(慢性肝炎治療のための支出分は含まれていない。)。

(三)  (休業損害)

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時四〇才であつて、訴外太陽自動車株式会社にタクシー乗務員として勤め、同社から毎月給与を得るほか、年二回、夏期、冬期に手当を受給していたが、本件受傷により昭和四五年三月一三日に至るまで休業し、そのため、右休業期間中の給与および賞与については昭和四三年冬期分、昭和四四年夏期および冬期分)を得られなかつたこと、原告の事故直前三ケ月間の月当り平均手取り給与額(すなわち、支給金額から社会保険料と所得税を控除した額)は金六万五三九一円であり、休業してなければ得られたであろうところの賞与額は(いずれも税込)、昭和四三年冬期が金七万〇五四一円、昭和四四年夏期が金七万四七九一円、同年冬期が金七万六二五九円であることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実および前記認定の労働能力喪失割合、昭和四四年冬期の賞与分の算定対象期間中には前記のとおり本件事故と相当因果関係のない慢性肝炎による休業期間が含まれているから、これを控除しなければならない事情、ならびに前記賞与分は税込みであるから、これから税金分として少なくとも五分程度を減額すべき事情等を考慮すると、原告の休業損害は、別紙損害計算書2のとおり、金一五一万五〇一二円と算定される。

このように、原告の休業損害および逸失利益を算定するにあたつて基準とすべき収入から税金および社会保険料を控除すべきか否かは問題があるところであるが、損害賠償制度の理念からして、被害者の填補さるべき損害は、正当に、かつ現実に亨受し得る範囲に限定されるべきであるから、被害者の現実の手取り額を基準とすべきものと解する(税金の点について東京地判昭四五・八・一二下民集二一・八、一二二二、判例時報六一八・六七参照)。

(四)  (逸失利益)

右認定事実によれば、原告は本件事故による後遺障害がなければ、昭和四五年三月一四日以降も、毎月少なくとも前記平均手取り給与額と毎年二回、少なくとも各一ケ月相当の賞与を得られたことが推認され、これらの事実と前記認定の後遺障害の程度およびその継続期間に鑑みると、原告の本件逸失利益は別紙損害計算書3のとおり金六四万九二三五円と算定される。

なお、〔証拠略〕によれば、原告は前記の如くタクシー乗務員からの転業をやむなくされたため、職業安定所等を就職先を探したが、原告はそれまで車の運転しか経験なく、またその年令および前記するような後遺症状のため、適当な職に就くことができず、結局、昭和四七年一月中旬頃まで休業し、その後姻族関係の経営する喫茶店でボーイとして働くようになり、月々金四、五万円程度の収入を得るようになつていることが認められ、これによると、原告の現実の逸失利益額は相当な額になることが明らかであるが、前記したとおり、右認定逸失利益額を超えるものは本件事故と相当因果関係にないものとして被告らに負担させることはできない。

(五)  (慰藉料)

前記認定したような、原告の蒙つた傷害の部位、その治療経過、その間の症状および現存症状ならび原告は四〇才を過ぎてから転業を余儀なくされた等諸般の事情に鑑みると、原告の本件事故により蒙つた精神的損害を慰藉すべき額は金一二〇万円が相当である。

(六)  (損害の填補)

原告が本件損害に関し、金一六七万三八九四円を被告らから受領していることは当事者間に争いがないから、これを原告の損害から控除する。

三  (弁護士費用)

以上のとおり、原告は金一九五万七四五五円の損害金の連帯しての支払いを被告らに求め得るところ、〔証拠略〕によれば、被告らはその任意の支払いをなさなかつたので、原告はやむなく弁護士である原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で、金四万五〇〇〇円を実費および手数料として支払つたほか、成功報酬として、法律扶助審査委員会又は部会において決定されるところの金員(本件では金三〇万円)を賠償金取立後支払う旨約定していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、本件事故の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告が被告らに負担を求め得る弁護士費用相当分は金二〇万円であつて、これを超えるものは、本件事故と相当因果関係にあるものとはいえず、被告らに負担させることはできない。

四  (結論)

そうすると、原告は被告らに対し、金二一五万七四五五円およびこれより未払の弁護士費用金一五万五〇〇〇円を控除した金二〇〇万二四五五円に対する一件記録上訴状送達の翌日であることの明らかな昭和四五年四月一九日以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯しての支払いを求め得るので、原告の請求を右限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、各適用し、仮執行の免脱を求める申立ては相当でないので却下することとし、主文のとおり

(裁判官 田中康久)

別紙 損害計算書

1 (治療費残) 金267,102円

(1) 高山整形外科分 〔甲13(争いなし)、原告本人の供述〕 金168,822円

(2) 慈恵青戸分院分 〔前掲甲8―1~3、甲7―1~32(争いなし)〕 金34,280円

(3) 鈴木指圧治療院分 〔前掲甲9―1~64、原告本人の供述〕 金64,000円

2 (休業損害)

(1) 給与分 〔前説示〕

〈省略〉

(2) 賞与分 〔前説示〕

(70,541+74,791+76,259×1/2)×95/100=174,287(円)

3 (逸失利益) 〔前説示〕

(65,391×14)×20/100×3.5459=649,235(円)

4 (慰藉料) 〔前説示〕 金1,200,000円

5 (損害計) 金3,631,349円

6 (損害の填補)〔前説示〕 金1,673,894円

7 (認容元本額) 金1,957,455円

8 (弁護士費用相当分)〔前説示〕 金200,000円

9 (合計) 金2,157,455円

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